極めた者だけが知る「黒」の深み。
―――安土桃山時代の陶器を再現したい。
長年追い求めた夢を叶えるために、森の中に自作の穴窯を作り上げた、伝統工芸士の
林亮次さん。引き出し黒は長時間の焼き締めによる比類なき佇まいと、焼成途中に急冷
することで生まれる深い黒が特徴の抹茶碗だ。
まずは、自ら土を集める。「手に入らんものは自分で探すしかないんや。それも楽しみ
のひとつ」と、この時のためにとっておきの材料をそろえる。釉薬は、木の灰に、鬼板と
呼ばれる鉄を含む鉱物を削った粉を混ぜて作る。その調合によって黒の表情が左右される、
大切な作業だ。
神殿の前で祈りを捧げてから、窯へ。焚き始めたら5分毎に薪をくべ続け、実に6日間、
夜を徹して焼き続ける。薪をくべる焚き口周辺は不完全燃焼の「還元焼成」、薪をくべれば
酸素が供給された完全燃焼の「酸化焼成」の状態になり、それが激しく繰り返されるのが
薪窯の特徴だ。焼成途中、鉄釉が真っ赤に溶けた状態を見計らって窯から引き出し、水に
つけて急冷する。この「引き出し」でしか得られない漆黒を、求め続けている。
灰が多くかかる前面は釉薬が溶けて艶やかに、反対側と内側は釉薬が溶けきらずに
縮れて、粒状の梅花皮肌になる。焼き手によって様々だが、全面がよく溶けた艶のある風
合いが、林さんの作風だ。だが、窯の中で器がどんな顔をしているのかは、引き出してみ
ないとわからない。「それが陶芸のロマンなんや」。まるで命が宿っているかのような力
強さと、どこまでも続く闇のような黒が、生まれいずる。
「まだゴールには行き着いとらん」と渋い顔を見せた林さん。極めた者にしか分からない
「黒」の答えは、どこに存在するのだろうか。