土岐市美濃焼公式ブランドサイト|TOKI MINOYAKI

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TOKI MINOYAKI STORY
Story16
美濃焼の魅力を発信し、製陶業界の活性化をめざす。
株式会社丸忠 酒井 宏尚
Maruchu Inc. Hironao Sakai
Profile
株式会社丸忠
酒井 宏尚
〒509-5171 土岐市泉北山町4–6
Tel.0572-55-1100
https://maruchu-potter.jimdo.com
Instagram maruchu_potter
株式会社丸忠
株式会社丸忠
中華食器のパイオニアとして陶器業界を牽引
土岐市がある東濃地域は、土や釉薬、絵付けや成形といった製陶業を担う企業や職人たちが集まる土地。美濃焼の卸業者が集まる「織部ヒルズ」で商社を営む酒井宏尚さんも、もともとは製陶業を営んできた家系の出身だ。1950年、初代である父の酒井憲好さんが設立した株式会社丸忠は、憲好さんの実家が営んでいた陶器メーカーの販売部として創業。「ないものをどんどん作っていった時代だったと聞いています。そんな中、父は中華食器に着目しました」。 皿やどんぶり、徳利や煎茶碗などはすでに多くのメーカーが手掛けていた。戦後、中華料理やラーメンが人気を集め始めたことから、ラーメンどんぶりをはじめ、取り皿や八角皿、レンゲに至るまで、すべてが一式になった中華食器シリーズを展開。中国の伝統的な想像上の生き物である龍や鳳凰、唐子模様や青磁の中華食器は、本場を連想させるデザインで注目を集め、中華食器の先駆けとなった。「テレビCMにも使われたり、当社が中華食器のパイオニアと呼ばれていたこともあったね」。1958年には日本初のインスタントラーメンが発売されるなど、日常の中にも中華料理が浸透。それから約60年、ラーメンどんぶりはずっと看板商品だ。
株式会社丸忠
看板商品を活かした、新たな展開
「しかし、時代とともに中華料理も和食器や洋食器に盛り付けられるなど、食器の使い方に隔たりがなくなってきたことから、市場における従来の中華食器の需要が減少。「中華食器だけでなく、美濃焼業界の市場自体も縮小しています。それを食い止めるためには、大量生産だから安く買える、という美濃焼のイメージを払拭できるものをそれぞれが販売していかないといけない、と考えました」。そこで、長年メーカーと使い勝手やデザイン性を追求してきたどんぶりの形状はそのままに、絵付けで丸忠ならではの“付加価値”を添えたどんぶりの試作に取り掛かった。 完成したラーメンどんぶりは、和の要素を取り入れた配色と手描きの模様を加えることで、昔ながらの中華そばから、多種多様な個性派ラーメンにまで合うと評判に。これを皮切りに、中華食器をはじめ、和食器や洋食器にも丸忠ならではの手描きデザインを添えたうつわの展開を開始。特に洋食器では、妻の洋子さんが手描きするうつわも製作し、絵を付けることで自社ならではの“味”を添えている。「しかし、こうした付加価値を付けられるのは職人さんたちがあってこそだと痛感しています」。
株式会社丸忠
土岐市の製陶技術を継承していくために
酒井さんが商品を開発する中で、もう一つポイントにしたのが、職人たちの技術にフォーカスすることだ。「土岐市でしか、その店でしか出合えない、手間暇が垣間見えるうつわを作ることが大切だと思っています。美濃焼は、多種にわたる土と釉薬の特色を生かしたうつわが作られています。ただ、それらを完成させるには製土、釉薬、型、成形、絵付けをする職人さんたちが不可欠。でも業界の縮小とともにその数が減ってきているのです」。この30年ほどで土岐市の窯元の数は減少し、それに伴い、供給源である製土屋も激減しています。さらに側面を赤い帯状のラインで覆うデザインのラーメンどんぶりは、「赤巻き」と転写を施すことで完成するが、この分野の上絵付屋も軒並み減ってきているなど、上絵技術の継承が危機的状況に陥っているという。 卸商業団地「織部ヒルズ」の協同組合で理事長も務める酒井さんは、一商社の代表としても、理事長としても、「陶器業界の将来を担う人材を育てていかないといけない」と話す。酒井さんが新商品に添えた“手描き”という付加価値は、まずは自店のものづくりに職人の技術を積極的に反映することで、職人が常に腕を磨く場を提供できるような新たな需要をつくり出していきたい、という決意も込めた挑戦だった。
株式会社丸忠
株式会社丸忠
まちの活性化を見据え、ユーザー目線で美濃焼の魅力を発信
酒井さんの頭にいつもあるのが、「美濃焼業界の活性化のためにできることとは何か」だ。やきもの作りの技術継承を支える職人たちへの想いを、自社だけにとどまらず、土岐市のまち全体にも発展させることができないかと、美濃焼の宣伝を積極的に行っている。「わざわざ土岐市に来てくださった人に、美濃焼の良さを知ってほしいから。好みを聞いて、ぴったりの商社さんやメーカーさんがあれば勧めてます。自社の商売よりも優先しちゃって、何してんだろうと思うときはあるけど(笑)」。そうして多くの人に、それぞれ実際に美濃焼を見て、触れてもらえる機会を提供する。「大量生産技術だけが特長だと思われているのはもったいないからね。どんなうつわも作れる技術があるからこそ、美濃焼は生き残ってきた。それは実際にうつわを見てもらえればわかるはず」。 買い物が楽しめる織部ヒルズを中心に、より人を呼べる環境をつくることが酒井さんの新たな目標だ。絵付けや成形などが体験できるアトリエを集約させるなど、買い物だけでなく、“体験”をプラスすることで美濃焼の技術力の高さや魅力を感じてもらえるはずだと確信している。「もっとオープンなまちにしていかないといけない。それが来てくれた人に“美濃焼ならではの良さ”を伝えることにつながるから」。酒井さんからは、美濃焼を、この土岐市の産業を、守っていきたいという熱い想いがあふれていた。
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