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TOKI MINOYAKI STORY
Story09
鋳込みの技術を守り、美濃焼の価値を高めたい
ヤマ亮横井製陶所 横井 亮一
Profile
有限会社ヤマ亮横井製陶所
横井 亮一
〒509-5202 土岐市下石町165-4
Tel.0572-57-6718
yamaryo451.com

神仏具製造で培った鋳込みの技術
大正13年に創業したヤマ亮横井製陶所は、美濃焼の窯元が集積する土岐市でも、数少ない“鋳込み”の技術を継承する窯元だ。鋳込みとは、陶土に水と珪酸ソーダを加えて液体化させた泥しょうを、石膏型に流し込んで成型する製法のこと。現在は3代目・横井亮一さんがその技法を守り続けている。
工房では、石膏型に泥しょうを流し込み、乾燥させてから余分な泥を捨て、さらに乾燥させて型から外す“ガバ鋳込み”の作業が、黙々と繰り返される。「実は鋳込みは、こうやって手作業でしか作れないんです。手間がかかるし、たくさん作れない。だから、やめるところも増えてきて。鋳込みの職人は、今じゃ絶滅危惧種だね(笑)」。
乾燥棚にずらりと並ぶ香炉や瓶子。それらはすべて同じ形であっても、機械で画一的に量産されるのではなく、一つひとつに人の手が加えられ、思いを込めて作られているのだ。

生き残りをかけて生まれた干支の盃
初代が神仏具の製造において確立した鋳込みの技を引き継いだ2代目は、下降線をたどる陶磁器業界を憂慮し、神仏具のみならず、酒器や干支の置物などの製造にも着手。その一つとして作られた干支をかたどった器は、40年近く売れ続けるヒット商品となった。
3代目を継いだ亮一さんもまた、生き残りをかけて模索を続けていた。そしてある日、ひらめいた。「干支と酒器を組み合わせれば、もっと面白いものが作れるんじゃないか」。世の中のライフスタイルの変化に合わせ、大ぶりだった干支の器を、日常で使いやすい盃のサイズに作り変え、デザインも一新。陶土には上質できめが細かく、美しい白磁土を用いた。
こだわりの末に生み出された「LUCKY12」。高台にあたる部分にネズミからイノシシまで干支の動物がかたどられた12の盃は、飾ってもよし、使ってもよしのフレキシブルさが好評を得て、売り上げも上々。今ではヤマ亮横井製陶所を代表するブランド商品となった。

決してあきらめず、楽しみながらアイデアを形に
常に楽しいことを考え、新しい試みに挑む“冒険心”を大切にする亮一さんは、「LUCKY12」を皮切りに、次々とユニークな商品を誕生させてきた。
たとえば、冷酒器の「ゆらり」。冷酒を入れた徳利の中に氷を入れた器を重ねることで、酒がキリリと冷えたまま味わえるというアイデア商品だ。「最初の試作は全然ダメ。二つ目も徳利と器がぶつかって、失敗。やっと今の形に辿り着いてからも、焼くときにひずみが生じたりして、これまでに焼き上がりを何百割ったことか」。
試行錯誤の末に「ゆらり」を完成させると、続いて女性向けにと丸みを帯びた冷酒器「ころん」も開発。さらに、すり鉢と石臼の機能を融合させ、卓上で茶葉やごまなどを簡単にすり潰すことができる「SURIUSU」も考案した。いずれの商品も、テレビや雑誌などのメディアで取り上げられて話題となり、発売以来、飛躍的に出荷数を伸ばしている。

勇気を持って、挑み続ける。企業理念は「冒険と貢献」。
「土岐は“やきものの町”として知られているけど、この数十年で製陶業に関わる仕事に従事する人口が、どんどん減ってるって実感はあるね」。廉価な量産品が大量に輸入される時代を迎え、美濃焼が直面する現実は厳しい。だが、亮一さんの表情は朗らかだ。まっすぐに先を見つめ、前進することだけを考えている。
「これから?スタッフを増やして、後継者を作る。作れるものも増やしていく。縮小するとか、減らすなんて、嫌なんだ。そうすることで、“鋳込み”を必ず伝承していく」。
培われてきた鋳込みの技術を武器に、従来の神仏具製造にも、企業からのOEMの受注にも、新しい器の創造にも全力で挑み続ける。それが、“美濃焼”の価値を高め、明るい未来につながっていくと信じているから。

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