先代が築いた、“非”大量生産の体制
うつわにさまざまな色や質感を生み出す釉薬。陶芸に欠かせないそれは、配合や濃度、焼き方などで、いかようにも変化し、思い描いた通りの発色を導き出すことは難しい。そんな釉薬の可能性に魅せられ、果敢に挑戦を続けているのが、明治28年創業の伸光窯だ。
その追求は、4代目、田中伸一さんから始まった。美濃焼の伝統釉薬である「鼠志野(ねずみしの)」に魅了された伸一さんは、生地成形や釉薬の調合を自身で行い、焼成方法も従来の方法から変更。分業が盛んだったこの地で、鼠志野に特化した一貫製造体制を築いた。「最初の頃は、粘土も取り寄せてブレンドしていて(笑)。陶芸作家みたいな感じでしたね」。そう当時を振り返るのは、現在5代目当主を務める田中一亮さん。闘病生活の末に逝去された伸一さんは、その間際になって初めて、鼠志野を始め自身しか知らないさまざまな釉薬のレシピを一亮さんに託した。